だいたいうろ覚え

物忘れが激しくなってきたので備忘録

残り全部バケーション 伊坂幸太郎

母親の本棚その3。タイトルの語呂がいいからか耳には残っていて、なんとなく読んだことがあると思っていた。

文庫本の裏側のあらすじには「裏切りと友情で結ばれる裏家業コンビの物語」と書いてあるのだが、そうでないような、そうであるような、なんとも形容し難い物語だ。最初に収録される表題作は、父親の不倫で解散する直前の家族と裏家業コンビの片割れ(岡田)が初対面ながら友達になろうとする話だ。ここから、岡田にまつわるエピソード(3話目は例外だが)が収録されていく。

2話目では親に虐待されている子を救うべく、作戦を決行する話。3話目は岡田を失った裏家業コンビこと溝口が新たな相方と仕事をする話。4話目は岡田が幼少期に彼が担任の先生を救った話。5話目は溝口が岡田の仇を取ろうとする話。

5話で、岡田を殺すよう指示を出した悪の親玉毒島が溝口に銃を向けられるのだが、そこで毒島が「岡田は生きている」ことをほのめかす。物語は最終的に生死がわかる寸前で幕を閉じるのだが、これまでの話を通して「岡田に生きていて欲しい」と読み手に思わせるのが上手いなあと思った。表題作以外に岡田の心情は語られないし、岡田がどういう人間かは厳密にはよくわからない。読み手はただ彼がなした行動を伝聞することによって彼を知っていくのだ。

溝口が毒島を狙うのは岡田の仇を取るため、なのだが、そもそも毒島が岡田を狙っているのは溝口が責任を岡田に押し付けたからだし、それが「友情で結ばれた」と形容していい関係性かは分からない。溝口はかなり行き当たりばったり、物事を深く考えない、そんな人物だ。推測するだに、岡田を失った後釜の相方は使い物にならず、溝口のなかで「岡田はいいやつだった」という気持ちが膨らんでしまったのだろう。そこにあるのは友情ではない、と思う。

しかしそれはさておき岡田には生きていて欲しいと思う。なんでかというと、彼が正義感に溢れたいいやつだからだ。岡田が今何をしているのかは知らないし、彼が今なにを考えているのかは知らない。にもかかわらず私(読み手)は岡田はいいやつだと思ってしまう。それは明らかに伝聞により作られたイメージが誇大した結果であり、「生きていて欲しい」と思うに値する人物かどうかは実のところわからない。だから友情かどうか分からぬ友情に頭を侵されて仇討ちに出る溝口をわたしたちは笑ってはいけないのだ。

 

伊坂幸太郎という作家はとにかく「キャラクターが読者に与える印象」の操作に長けている、と思う。とくに「憎めないキャラ」に関しては顕著だろう。昔は「こんな人いないでしょー」と思って伊坂作品を読んでいたが、大人になって交友関係が広がった今読むと「ああ、いるなあ、こういうひと、、」と思ってしまい、なんだか感慨深くなってしまった……。(共感性羞恥が強いので個人的にはあまり得意ではないのだけど)